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”オシムの言葉”

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昨日、図書館から”オシムの言葉”を借りて、昨日今日と読んだが、サッカーに関する内容はだいたい私が想像していたようなものであった。

サッカーに関して言えば、オシム監督の指導方法は特に目新しくはない。

戦後日本では、クラマー(西ドイツ)さん以来のヨーロッパサッカーの伝統をつちかった”走るパスワークサッカー”から始まった。それに、オフトの”ゾーンプレス”、トルシエの”フラットスリー”、ジーコの”ブラジルサッカー”と来たわけだ。

しかし、トルシエまではヨーロッパスタイルだったが、ジーコで”弱いブラジルサッカー”を学んでしまったのが今回のドイツ大会における日本サッカーの失敗の原因と言える。

ブラジル、あるいはアルゼンチンも、南米のテクニック重視の個人技サッカーから組織プレー重視のサッカーへと”ヨーロッパ化”して初めてワールドカップで優勝した。だから、同じブラジルサッカーでも、ドゥンガ(最近ブラジル代表監督に就任したばかり)やアルゼンチンのアルディレスのサッカーは極めてヨーロッパ的だ。それゆえ、世界制覇できたのである。しかし、優勝経験のないジーコにはそれが分からなかった。

この意味では、最初ヨーロッパスタイルから始まった日本サッカーが、ヨーロッパスタイルに回帰するのは、ある意味当然だろう。

本として見た場合には、特に素晴らしいのは、旧ユーゴスラビアのサッカーシーンの”崩壊”と、ユーゴ戦争の状況について非常に詳しく書かれていたことだ。サッカーはともかく、この点に一番の興味を私は引かれた。

この本では、特に書かれていなかったが(あまりに分かり切っていたためかも知れないが)、オシム監督が旧ユーゴスラビア代表監督として1990年イタリア大会でユーゴスラビア代表を率いた時、若干19歳の若き天才ストイコビッチと同じ年齢層にシューケルたちがいた。このシューケルたちが、後にクロアチア代表として1998年フランス大会に乗り込んで来て、いきなり”初出場3位”という快挙を成し遂げたわけだが、この快挙の背後にいた指導者こそこのオシム監督であった、ということだ。

私は、これまでなぜ突然クロアチアがいきなり3位に入れたのかよく分からなかったが、その理由をこの本から読み取る事が出来た。これが一番の収穫であった。

もちろん、同時に、今度のドイツ大会のセルビア・モンテネグロの代表、他にスロバキア、マケドニア、ボスニア・ヘルツェゴビナなどの代表もそのほとんどがオシム監督の指導下にあったということである。また、近年ギリシャも強豪国になったが、それもこのオシム監督が一時期ギリシャのチームの監督をしたことに端を発していると考えられる。

この意味からも、オシム監督の監督としての”才能”は申し分ない。オシム監督は今の日本代表監督としてはベストの監督である。これは間違いなく真実である。

また、いつも西洋や南米のサッカー選手達が言う「日本人特有のメンタリティー」の消えない日本人にとって、オシム監督のような”練れた人物”は非常に良い教訓(あるいは教材)となるだろう。

特に、若い世代、オシム監督と接する事のできた若者たち、(つまり、サッカー選手や通訳や関係者)にとってもっとも良い教材となっている。ここが大事だ。

中でも、本にあるように、通訳の間瀬秀一氏は将来の大物監督になる可能性がある。自身、今一番なりたいものは監督であるという。オシム監督と出会うそれまでは、通訳だった。練習法、心理的技術、心構えなどあらゆる面で、間瀬氏は学んでいる。

同様に、今ジェフで指導を受けて来た選手達の中からも将来の大物監督に育って行くものが出るだろう。この意味では、10年後、20年後に今の”オシムの言葉”が成果を出すと言えるだろう。

これは、かつてクラマーコーチが行ったことが、何十年も経ってから成果を出した(つまり、日本サッカーのプロ化)ように、今のオシム監督の行っていることが、10年、20年、30年と先に行って花開く、という意味である。

この意味でも、オシム監督は、例え次の南アフリカ大会で良い成績を残せなかったとしても、今の日本サッカーにとってはやはり最適な人物と言えるだろう。

しかし、世界には、フェリペ、ジャケ、ベンゲル、オシム、リッピ(そして、ドゥンガ)というような名将が生まれているが、日本にはどうしてこういった大物が育たないのだろうか。まあ、もっともそれは、サッカーだけに限られるわけではなく、学者世界(や役者世界)でもそうだ。やはり、日本のどの分野でも、”ちまちました”人物、”練れていない”人物しか育っていない。

かつて勝海舟は、”大きな人物は大きな国にこそ育つ”というような意味のことを言っていたが、”小さな人物しか育たない”ということは、日本という国が”小国”であるという意味だろう。島国ということかも知れない。

そこは、欧州、アフリカ、アジアの3大陸が交わり、古代からもっとも紛争がある地域であった、バルカン半島とは違う。オシムの故郷とは違うということだ。バルカン地帯は小さな国々に分裂しているが、その文化圏としての大きさは日本をはるかに凌駕した大国であるということだろう。

”大きな国にしか大きな人物は育たない”

やはり、我々日本人は高望みは禁物だというところだろう。
# by Kazumoto_Iguchi | 2006-07-30 19:28 | Soccer

ジダンvsマテラッティ問題は英仏代理戦争

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しばらく前に「”この母にしてこの子あり”?:ジダンの母吠える! 」の最後で私はこう書いていた。

『私はマテラッティにはたいした罪はないと思う。アメリカ大会の時のオランダGKがアルゼンチンのオルテガの頭の上から”何か罵り”、それに怒ったオルテガが頭突き1発、GKは大袈裟に倒れ、オルテガは報復行為で退場したが、この時のキーパーのやったことの方がはるかに悪質だ。それと比べれば、マテラッティのはたいしたことはない。

やはり、”この母にしてこの子あり”なのだろう。ジダンのMVPははく奪すべきだろう。次点のカンナバーロがMVPに輝くべきだ。だいたいどこの世界に準優勝のチームからMVPを出すスポーツがあるというのだろうか。準優勝でもジダンならMVPだという偏見がこういったばかなことを生み出したのだ。最初から優勝国イタリアのカンナバーロにMVPを与えておけば何も問題にはならなかった。

今回の事件では、”FIFA体質”も問題とされるべきだろう。

それにしても、イギリス人は何の目的でジダンの母の言葉なんぞ出すのだろうか。不思議な国民である。』

この最後の『イギリス人は何の目的でジダンの母の言葉なんぞ出すのだろうか。不思議な国民である。』の部分の意味が私にはやっと分かったので、まとめておこう。

ジダンとマテラッティの2人の処分は20日に決まったようだ。
ジダンは社会奉仕と罰金 頭突き事件でFIFA

これによれば、2人の処分は次のようなもの。

ジダン選手:
3試合の国際試合出場停止
罰金7500スイスフラン(約70万円)      
3日間の社会奉仕活動
W杯最優秀選手賞のはく奪なし
 
マテラッツィ:
2試合の出場停止
罰金5000スイスフラン(約50万円)

まあ、これから分かる事は、最初からジダンが決勝まで行けば、”功労賞”としてジダンのMVPが決まっていた、ということだろう。言い換えれば、”FIFA”に対するフランスの影響力が非常に強い、ということだ。

事実、歴代のFIFA会長を見れば、

初代:ROBERT GUERIN, France, 1904-1906
第2代:DANIEL BURLEY WOOLFALL, England, 1906-1918 
第3代:JULES RIMET, France, 1921-1954; Honorary President of FIFA nominated 21.6.1954
第4代:RODOLPHE WILLIAM SEELDRAYERS, Belgium, 1954-1955 
第5代:ARTHUR DREWRY, England, 1955-1961
第6代:SIR STANLEY ROUS, England, 1961-1974; Honorary President of FIFA nominated 11.6.1974 
第7代:JOAO HAVELANGE, Brazil, 1974 -1998; Honorary President of FIFA nominated 8.6.1998
第8代:JOSEPH S. BLATTER, Switzerland elected 8.6.1998

というように、たった8人しかいないFIFA会長のうち、初代と第3代目がフランス人。第2代目、第5代目、第6代目の3人がイギリス人。ブラジル人は第7目のアベランジェが初めて。他がベルギー人とスイス人のブラッターしかいない。

つまり、サッカーの母国のイギリスとフランスで交互にFIFA会長職を”奪い合ってきた”というわけだ。

そして、面白い事に、多くの場合にFIFA会長に母国の出身者がついている時代にその国のサッカーも優勝をしているという事実である。イングランドは、ルース卿時代に優勝。ブラジルもアベランジェ時代に幾度となく優勝。しかしフランスは例外中の例外であった。だからこそ、アベランジェの最後の年に優勝し、アベランジェに”引導”を渡した。そして、スイス人の現ブラッター時代に入った。したがって、フランスの影響力が強いのはまず確実である。ブラッター政権は、フランスの”傀儡(かいらい)政権”と言っても良いのだ。

どうやら、イギリス人はこれが”気に入らない”ということなのだろう。ベッカムのイングランドの最高のチームを送っても優勝できない。イングランド優勝は、再びイギリス人がFIFA会長にならない限り難しい。だから、ことある度に、FIFAにいちゃもんをつけてFIFA会長に揺さぶりをかけている。おそらくこんな事だろう。

それゆえ、以下のような記事を頻繁に書き、FIFAにプレッシャーをかけ続け、ブラッター会長を引きずり降ろしたいのである。

マルディーニらがFIFAを批判−マテラッツィも処分で
英紙がFIFA処分を批判「挑発はゲームの一部」

この観点からすれば、日本がワールドカップで優勝するためには、一番の早道あるいは近道は、川淵さんがFIFA会長になることだ。そうすれば、サッカーのあらゆることをアジア中心に行えるだろう。日本人が国連の常任理事国になることは難しいが、FIFAの要職につく事はまだ可能性がある。

川淵さんがFIFA会長になったらどうだろう。

中田英寿がジダンに頭突きをくらわしてもおそらく罰金処分で終わるだろう。
# by Kazumoto_Iguchi | 2006-07-23 14:17 | WC2006

日本人の真の”英雄”

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ワールドカップドイツ大会の日本の”英雄”上川徹さん(43)と広嶋禎数(よしかず)さん(44)が、日本サッカー協会から表賞を受けた。非常に喜ばしいことである。

W杯審判の上川・広嶋さん、日本サッカー協会が表彰

表彰式で

上川:「我々の取り組んだことが世界で通用することを実感した」
広嶋:「次のW杯にも日本人が行けるよう力になりたい」

ドイツ戦について

上川:「大変な試合に当たったな」
   「異議に対して私が注意をしたので一番印象に残っている(ドイツのMF)シュナイダー選手も、最後は駆け寄ってお礼を言ってくれた」

今後について

上川:「まだ現役だから」
広嶋:「Jリーグでいいパフォーマンスを見せる」
# by Kazumoto_Iguchi | 2006-07-21 20:54 | WC2006

中田英寿vs宮本恒靖

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昨夜、”Jリーグ・オールスター”とその後”中田英寿引退特別番組:悔しくて、悔しくて涙が止まらなかった”という番組があった。私はうっかりしていて”Jリーグ・オールスター”を見逃したが、その後の”中田英寿引退特別番組”を見た。これは実に面白くかつ良い番組だった。

今回のワールドカップ・ドイツ大会においては日本代表内の”中田英寿と宮本恒靖とのバトル”の話が少なからず新聞に出ていたが、この番組の中で今回この問題がこの番組の焦点になっていた。私はこの番組を見て今回の日本代表の何が悪かったかすべて理解できた。”宮本がガンだった”、”今の”宮本を代表にする限り日本は勝てない、ということである。

そして、私がこの番組で中田が語った日本代表の問題点を理解した後、”Jリーグ・オールスター”の試合結果を見ると、まさに中田が指摘したその問題が宮本がいる西日本に出て、4一1でふがいなく負けていた。宮本の西日本が、日本代表がブラジル戦で負けたのとまったく同じことをして負けたのである。(ついでに付け加えると、中田が言っていたことをして、ディフェンスが前でカットし前線まで上がっていった中沢がチャンスを作りMVPに選ばれた。)このことからも”中田英寿の戦術観”が正しかった、ということが分かった。

今回は、この非常に興味深い話題を紹介しておこう。

結論から言うと、ジーコは中田ではなく「宮本を主将に選んだ」が、これが”ジーコの最大の誤りであった”ということになる。この選択によって、トルシエ・チルドレンで”国内組”の宮本の「間違った戦術観」と”海外組”の中田の「正しい戦術観」の対立を生み、チームが完全に混乱し、どっちつかずの状況で力を発揮できずに負けた、ということなのである。”チームに2人の主将はいらない”。

さらに、私は、宮本が個人的に中田に何か非常に”複雑な”心理的な問題(コンプレックス)を持っているように感じた。要するに、一言で言えば、「日本代表は敵と戦う前に内部で宮本が中田と戦っていた」わけだ。そして、これに対してもジーコは何もしなかった。これでは勝てない。これが私の得た結論である。

しかし、日本代表の中で中田だけは一貫していた。主張も行動もすべてが一貫していた。この意味で、中田は実に立派であったと言えるだろう。”ありがとう、中田”。

さて、その問題に移ろう。

私は今大会前の日本代表の練習風景に対して、これまで”中田英寿に他の選手達が自分の意見を言わない”ということを問題視してきていた。だから、今大会では宮本や中沢たちが自身の意見を中田にぶつけるというのは、チームとしては”大きな成長”であると見た。それゆえ、「成長した日本代表サッカーチーム」の中で新聞紙上にあるこんなやり取りを”素晴らしいこと”として取り上げた。

”それが、今回のドイツ大会では、トルシエ・チルドレンも名実共に日本のトップレベルの選手へと変貌を遂げ、海外経験者も増えた。みなぎる自信に溢れる。中田も年長者の1人となり、かつては縦横無尽に走りまわれたが、今では後方から適時のバックアップに代わりつつある。若い世代もすべてを中田だけに任せるわけには行かない。

そんな中での1こまが最初の練習試合であったと私は見ている。

中田は「連係作りは話をしていくしかない」という。一方、宮本や中沢などのDF陣は合宿中、「何でも1人でやろうとしすぎるな」と中田にいう。

守備練習での一こま。

宮本「ヒデさん、前に出過ぎるな」
中沢「ヒデさん、DFラインに吸収されるな」
中田「具体的に指示を出してくれ」

こんなやり取りが出て来たという。実に良い光景である。”

こういった選手間の”コミュニケーション”が計られるというのはチームとしては必須のことだからである。

ところが、昨夜の”中田英寿引退特別番組”での中田英寿と宮本のインタビューを見ると、どうやらこれは、当時のマスコミが報じたものよりもっともっと本質的な問題であったようである。

中田の戦術観ではこう見る。

「リスクを減らすために、より良いディフェンスするためにディフェンスラインをもっと前にあげろ。」
「なぜなら、失点を押さえるために守備ラインをあげる必要があるからだ。」
「高さが恐かったらディフェンスが前であれば、ヘディングされてもゴールに届かない。」
「守備ラインが前なら敵がゴールから離れるためにヘディングでもシュートでも失点の危機が減る。」

「日本代表が良い結果を出している時はディフェンスラインを上げている時だ。」
「しかし、日本代表は不安定。良い試合をする時と悪い試合をする時の差があり過ぎる。」

「ディフェンダーは、相手の前でカットしろ。間合いをつめろ。」

これに対して宮本はこう見る。

「ディフェンスラインの上げ下げは試合展開による。」
「前に行ける時は行くが、行けない時もある。」
「大事なことは、守備ラインが上がれば良いという事ではなく全体がコンパクトであるということ。」

果たしてどちらが正しいのか。

これは結果を見れば明らか。中田英寿の”戦術観”が正しい。これが”サッカーの常識”である。ディフェンスラインは基本的には高いほど良く、下がれば下がる程失点の危機は高まるからだ。

番組の最後の方で、ブラジル戦を中田が評してこう言った。

”隠されていた問題”、”全部膿が出た試合”

この意味は、私が番組を見た印象では、こういうことだ。

”隠されていた問題”とは、間違った守備戦術に固執し日本のディフェンスを不安定にしている宮本問題。

”全部膿が出た試合”とは、守備に根本的問題があるにもかかわらずそれを隠して来たがついに現れてしまったという試合。

では、宮本はどうして自分の”哲学”(私に言わせれば、”間違った”哲学)を身に付けたのだろうか。

これは、私の記憶ではこうである。

宮本は、トルシエの世界ユース準優勝の立て役者の1人だった。そして日韓大会の時までにトルシエ・ジャパンで育った。中でもトルシエの”フラット・スリー”の最大の理解者となった。”フラット・スリー”とは、3一5一2のシステムで守備ラインの3人がいつも一線上に並んでディフェンスをするという守備戦術である。

ところが、ナイジェリアの世界ユースではこの守備ラインを”フラット・スリー”で高く取ってうまく行ったのだが、日韓大会では、時々トルシエ戦術のほころびが出た。そんな時宮本は自らディフェンスラインを下げて乗り切った。そして、見事予選突破し、ベスト16に進んだ。

私が思うに、どうやら宮本はこの時の自分の戦術を正しいことだと”錯覚”したようだ。そして、徐々に宮本が日本代表と育ち、国内組の主将となっていくにつれ、宮本自身の守備戦術を基本に取るようになった。そして、トルシエの”フラット・スリー”とも、中田英寿の高く取る守備ラインとも違った”独自の”守備哲学を持つようになった。しかし、これが間違っていた、ということなのだ。

要するに、ジーコジャパンは、国内組の宮本を主将に取る事で、間違った守備哲学に従い、その間違いが原因となって自滅した、ということとなる。中田英寿はこの4年間最初から最後までその問題に警鐘を鳴らし続けたが、チームもジーコも最後までそれに気付かなかった、ということである。

日本が世界レベルに届くためには、即刻宮本を代表からはずす他ないだろう。昨夜の”Jリーグ・オールスター”の宮本の西日本のディフェンスがそれを見事に証明した。宮本の”臆病な守備”、”何か考え違いした守備”では世界どころか、国内でも通用しない。

しかし、どうして宮本はこんな選手になってしまったのだろうか。

恐らく、日本のマスコミがちやほやしてタレントのような気分に浸ってしまったのだろう。中田英寿が”引退”して一番安堵しているのは、実はこの宮本なのではないか、と私は見る。本当は宮本が引退すべきだった。

私は長らく、ジーコジャパンの問題は、MFの小野を取るか、中田を取るかの問題と考えていたが、どうやらそれは間違いだった。というよりは、もっと深刻な問題があった。実際には、ディフェンスに関して中田戦術を取るか、宮本戦術を取るかの問題で揉めていたのである。

宮本は中田英寿と同じ年齢で、U17時代からずっと中田といっしょにサッカー生活送って来た。ところが中田は常に宮本より一歩先に代表となり、一歩先に海外組になった。宮本にとっての中田はライバルであると同時に憧れでもあり、宮本には大きな目標となったのだろう。そして、今度のドイツ大会で自分が主将の座を射止め、ついに中田に並んだ(あるいは、中田を超えた)と思ったのではないか。だからこそ、ことごとく、中田の言う事に反発し邪魔をした。それが仮に正しい事であったなら宮本が正しいということになったが、どうやら宮本が間違っていたために、日本代表を窮地に陥れたのである。

男の嫉妬ほど見苦しいものはない、というが、どうやら宮本は中田に嫉妬し、ことごとく中田の足を引っ張っていたようだ。この宮本の”罪”は重い。個人の問題と代表の問題を全く混同したからだ。今後これは非常に大きな問題となるかも知れない。

参考:
ウォーミングアップを見よう!
もう二度と日本へ来るな、ジーコ!
ジーコ監督は、「まだ未成熟」!
日本代表が”負けた”わけ:フットサル化?
# by Kazumoto_Iguchi | 2006-07-16 15:10 | WC2006

”この母にしてこの子あり”?:ジダンの母吠える!

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「あの男の急所を切り取ってやりたい」ジダン母

イギリスのタブロイド紙というのも変わっていて、徹底的に”ユーロ大陸の仲違い”を演出しているようだ。よほどイングランドが準々決勝敗退したことが許せなかったらしく、相変わらず、ジダンとマテラッティの問題に固執しているようだ。

そもそも一番最初に、イタリア語の読唇術師を呼んでマテラッティが何と言ったかを調べさせたのもイギリス人だった。そこで出て来たのが、「売春婦の息子」、「テロリスト」、「テロリストの売春婦の息子」という悪態言葉だった。そして、大問題へと発展していった。

今回、イギリスの英大衆紙デイリー・ミラー紙が公表したのは、”ジダンの母”マリカさんの言葉。なんとこのお母さんもすごい。怒り心頭になって、「あの男の急所を切り取ってやりたい」と発言したという。1面には"I want that Italian's b★lls"と出たらしい。「あの子は私の名誉、家族の名誉を守っただけ。マテラッツィに対する嫌悪感だけが残る。彼が言ったことが本当なら、急所を切り取りたい」と。

しかし、この英語の日本語訳は、ちょっとおかしい。

これは、「あの男の急所を切り取ってやりたい」ではなく、「あの男の金★を切り取ってやりたい」であるべきだろう。急所にはポール(ペニス)とボール(睾丸)の2種類があるので正確に訳すべきだ。

やはり、”この母にしてこの子あり”。アルジェリア移民でフランスの貧民街で育ったジダンは、才能と狂暴性という2種類のジキルとハイド的な側面があったということになる。

まあ、私がここで何度か言って来たが、「自分の名誉、家族の名誉を守る」ためであるのなら何もピッチの上で”頭突き”という形で行うのではなく、試合後にしかるべき制裁を与えれば良いはずだ。ジダンはそれをしなかっただけのこと。

”ピッチの上のことはピッチの上の話”であって、試合後と切り離すべきだと私は考える。もしピッチ上のことが後々問題になるというのであれば、選手は恐くて何もできなくならからだ。汚いファールをすればそれが後で問題となるのであれば、思いきったプレーはできなくなる。これでは、”戦争”にまで例えられるワールドカップサッカーの一番の醍醐味は失われるだろう。そしてサッカーはフットサルになる。フットサルになれば、フットサル大国のブラジルが断然有利となるだろう。

ところで、最初に出て来た悪態言葉の何が問題なのだろう。「売春婦の息子」という言葉は、英語では"son of a bitch"(サン・オヴ・ア・ビッチ)で、日本人には”サナバビッチ”と聞こえる。

これは、有名なリプトン教授の「アクターズ・ スタジオ・インタビュー」によれば、ハリウッド映画でもっとも多く使われている悪態言葉の1つである。他には、”フ★ック・ユー”などがある。(リプトン教授の40周年記念 )”あなたの好きな悪態は?”という質問の後に必ずこれらの悪態が出てくる。

どうやら、これらに加えてイタリアでは、「テロリスト」というごくふつうの悪態言葉があるらしい。これは、イスラム系諸国からの移民に対する悪態言葉らしい。日本では昔農村部出身者を”百姓”と言ってバカにしたというようなものだろう。東京都民が”埼玉県”と言ってバカにしたというのもこの手の悪態である。ただし、”悪態”というのは、(何かが原因で)怒った時に使うものであり、平常時に使うのは御法度である。

だから、もしマテラッティがイタリア語で2つの悪態言葉を続けて、

「サナバビッチ(売春婦の息子)」「テロリスト」

と矢継ぎ早に言ったとすれば、それがくっついて

「テロリストの売春婦の息子」

と聞こえたとしても何もおかしくはない。

いずれにしても、私が何度もその試合をビデオで見返したところでは、ジダンは自分のヘッドがブッフォンにセーブされ点が入らなかった頃から非常に苛立っていた。試合が延長になるにつれますますイライラがつのっていたのは確かである。ジダンはイライラしカッカしていたのである。そんな時に”イタリアのひょうきん族”のようなマテラッティから悪態言葉を受けてついに”切れた”というのが真相だろう。

私はマテラッティにはたいした罪はないと思う。アメリカ大会の時のオランダGKがアルゼンチンのオルテガの頭の上から”何か罵り”、それに怒ったオルテガが頭突き1発、GKは大袈裟に倒れ、オルテガは報復行為で退場したが、この時のキーパーのやったことの方がはるかに悪質だ。それと比べれば、マテラッティのはたいしたことはない。

やはり、”この母にしてこの子あり”なのだろう。ジダンのMVPははく奪すべきだろう。次点のカンナバーロがMVPに輝くべきだ。だいたいどこの世界に準優勝のチームからMVPを出すスポーツがあるというのだろうか。準優勝でもジダンならMVPだという偏見がこういったばかなことを生み出したのだ。最初から優勝国イタリアのカンナバーロにMVPを与えておけば何も問題にはならなかった。

今回の事件では、”FIFA体質”も問題とされるべきだろう。

それにしても、イギリス人は何の目的でジダンの母の言葉なんぞ出すのだろうか。不思議な国民である。
# by Kazumoto_Iguchi | 2006-07-14 09:33 | WC2006