日本代表が負けたわけ:フットサル化した日本サッカー

さて、今回の日本代表のサッカーを分析しておこう。

かつて、私が
【高校サッカー県予選決勝】
徳島商業3回戦突破ならず!
などでまとめておいたように、最近の日本人のサッカーには”際立った特徴”が見て取れるようになってきたと私は考えている。それは、日本のサッカーが”フットサル”化してきたのではないか、ということである。

そこでは、私はこのように書いていた。

”しかし、徳島商業と阿波の両校に言えることは、試合中に選手が足をつらせる場面が多く、走り込みが足りないことを物語っていた。また、お互いに当たりが弱い。特に、パスコースの読みとトラップの時へのタックルやアタックがほとんどなく、お互いに自由にボールにプレーできた。これを私は”徳島のサッカーはフットサルのようだ”と言っているのである。相手に自由にボールコントロールさせてはサッカーではない。

(あ)相手にボールがわたる前に出ていってボールをカットする。
(い)トラッピングをさせない。
(う)シュートは身体でブロックする。
(え)最後までボールを追い続ける。
(お)サイドからスライディングタックルでボールを奪う。

こういった基本が両チームともまだまだ甘いように感じた。徳島県人特有の”甘さ”や”人の良さ”や”やさしさ”が出ていた試合であったと私は見る。これでは、全国大会に出ても九州や関東のチームにはまず勝てないだろうと思う。なぜなら、関東のチームはもっともっと”激しく”、せちがらいプレーをするからである。”

今回の日本代表は、そこで私が指摘していた徳島の高校生と全く同じ問題を抱えていたから驚く。つまり、日本代表は”ワールドカップサッカー”ではなく、”ワールドカップフットサル”をやっていたのである。

同じアジア代表のイラン、サウジアラビア、韓国などのどの国々と比較しても、運動量で見劣りした。サッカーは、技術が下手なら、あとは動き回るしかない。技術がだめでも運動量で走り勝つことは可能だからである。韓国は伝統的にこれを目指して来た。しかし、運動量や体力だけでは1次リーグ突破できず、これではだめだということになった。そこで、個人技や身体能力を備えるようになって、日韓大会で4位入賞を果たしたのである。日本は、身体でも小粒な上、運動量も小粒である。これでは、サッカーに勝てない。

私が今回のサッカーで一番驚いたのは、最後の試合の後半途中で出て来た大黒である。入ったばかりでフレッシュな選手で動き回らなくてはならないのに、全く走らなかった。まるで3一0で勝っているチームのトップのように歩いてボールを待っていた。これでは点はとれないし、勝つこともできない。他にも高原、柳沢、玉田、中村などまったく走りまわれなかった。大方てくてく歩いていた。走り回っていたのは、中田英寿だけであった。

これほどまでに運動量のないチームをジーコはどうやれば作れるのだろうか。これが私には理解できない。おそらく、ジーコは選手の”自主性”を重んじたために、選手はジーコが言ったことを理解せず、何も自主トレしてこなかったに違いない。ジーコは、試合後のインタビューで「日本選手にないのは、プロフェッショナリズムだ」と分かったようなことを言って逃げていたが、こんなことはオフト、加茂、岡田、トルシエ監督の時代からずっと分かっていた事である。何を今さらという観ありだ。一言で言えば、ジーコは”手抜き”したのである。選手の”持久力アップ”や”体力強化”を怠ったのである。

中田英寿のようにプロ魂があれば、自分でキャンプを張り肉体改造行うだろうが、いつも群れて芸能人と夜遊びする日本のスポーツ・芸能界では、これは難しい。吉本のヤベ、テレビ芸能化したスポーツ人間の世界との交流は、日本のサッカーにとってデメリットにはなっても、メリットにはならない。選手達の尻を蹴って無理矢理にでも走らせる必要があったのである。しかし、ジーコはこれを怠った。その結果が、まったく走り回れない日本代表となったのである。この点では、1998年以前の日本代表の方がはるかに走り回ったのである。”ドーハの悲劇”の時代の日本サッカーの方がずっとましであった。

私も阿南高専サッカー部を1年半指導してみて分かったことだが、若い選手、特に20才前後の選手というのは、3日ほど走らないでいると、体力はほとんどゼロに落ちる。かといって、毎日走らせると、すぐに足が痛いとか筋肉痛になる。走らないと体力は付かないが、走るとすぐに痛がるという実に難しい年齢なのである。

かつて鹿島アントラーズにいたブラジル人のサントス選手は、毎日十分な睡眠を取り、毎朝起きるとすぐに10kmのランイングは欠かした事がない。午前中は、プールで水泳し、特に25m潜水訓練して肺活量の維持に努めた。筋トレも行う。そして、午後はクラブでサッカーの練習をする。これを毎日繰り替えしてきたという。今回ブラジル代表のロナウジーニョも毎日3時間の基礎練習を欠かさないという。もちろん、これがジーコの想定する”プロフェッショナル”なサッカー選手像である。

しかし、今の日本のプロ選手でこれを行っているものは皆無である。ここに日本代表の問題点がある。時間があれば、芸能人とつるんで都会で遊び回る。飲酒・喫煙もするだろう。もちろん夜遊びもする。柳沢、小笠原、大久保、久保などは、門限破りの常習犯で、ジーコに大目玉を食らったことは有名だ。こういうことをしても試合でそれを感じさせないほどの結果を出せばまだ許される。しかし、結果も出せないのだから始末が悪い。

結局、私の個人的観点から言えば、今回日本代表がふがいなく負けた理由は、”戦術のせいで負けた”のでもなく、”1対1で負けた”のでもない、”肉体的身体能力で負けた”のでもない、”決定力不足で負けた”のでもない。要するに、中田英寿だけが「今の日本代表は1次リーグ突破できる力がない」と気付いていたように、すでに”試合以前に負けていた”のである。戦術うんぬん、メンバーうんぬん、する以前の問題、つまり”心掛けの問題”で負けたのである。私に言わせれば、この点では、ジーコはヒディンクに負けたのである。ジーコもさじを投げていたのに、日本人にはそれがないかのように演出していた。これはジーコの犯罪である。

現在のサッカーでは、主審ですら1試合(90分)で最低12km走る体力が要求される。ダッシュ力では、50m8秒を20本。これができないものはワールドカップから去った。

では、選手ならどうかと言えば、当然これより体力がなくてはならない。1試合(90分)で最低20km走る体力。50m7秒を20本。100m13秒を20本。このくらいの走力は必須だろう。

我々普通の中年でも10km40分で走る。私なら、今でも1時間みっちり泳げる。30分ノンストップクロール、50mクロール。100mバタフライ、50m×2バタフライ、500m平泳ぎ、200m個人メドレーが、私の日課である。これで正味だいたい1時間。プロサッカー選手なら、これにサッカー練習。午前(個人練習)3時間、午後(組織練習)2時間は必要だろう。

ジーコの練習風景を見ていて、私は日本代表が目に見えて体力が落ちて行ったように見える。おそらくこういった基本練習はまったくしていなかったのだろうと思う。プロサッカー選手であれば、ミニトライアスロン程度ならいつでも参加できるようにしておくべきである。

考えてほしい。

今回参加したサッカー選手達には190cmはおろか200cmをゆうに超える選手たちがいる。バスケットボールの選手にも、大相撲の横綱にもなれる体格である。その選手達がフィールドを90分間以上ジャンプしたりヘディングしたり蹴ったりダッシュしたりしているのである。日本のキックボクシングのK1選手達はたった3ラウンド15分程度のスポーツだ。おそらく大型サッカー選手のほうがK1選手より強いかも知れない。それほどに大きくタフである。

こうした選手達とやってスピードで勝るためには、走力で勝るほかないのである。今回の日本代表には、”走力がなかった”。走らないサッカーはフットサルだ。チャージしないサッカーはフットサルだ。

”日本サッカーはフットサル化した。”

それによって、ワールドカップサッカーでは惨敗したのだ。これは必然である。日本がブラジルほど強くなるまで、日本では”フットサル禁止令”を出したほうが良いと私は個人的には考えているのである。それほどまでに、サッカーとフットサルは違うのである。バスケットとバレーボール程違うのである。
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by Kazumoto_Iguchi | 2006-06-24 15:28 | WC2006
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