ジーコ監督は”まだ未成熟”!

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ジーコ監督「まだ未成熟」 ドイツ紙が掲載

この短かめの記事は、ジーコの非常に面白いところが出ていると思う。だから、ちょっとコメントしておこう。

これは、ドイツの雑誌が、1次リーグ敗退した韓国と日本に対するジーコ監督の意見を求めたものらしい。

最初、タイトルを見ると、「ジーコ監督「まだ未成熟」 ドイツ紙が掲載」とあったので、ドイツ誌が”ジーコ監督が監督として「まだ未成熟」”という意見を書いたのか、と思って読んでみると、実はジーコ監督が、日韓のサッカーが共に「まだ未成熟」と分析したというお話であった。

ジーコ監督は両国を分析して言う。

「プロ意識、持続力、勝ち抜く精神力に欠けている。何よりも、まだ成熟していない。4年前はそういった不足をホームの利点でカバーした」

そして、日本のサッカーの現状を分析して、こう言う。

「(Jリーグの)10年ほどの短い期間で、伝統ある欧州のレベルに持っていくのは無理」

さらにジーコはこう言った。

「両国の国民的スポーツは野球で、今後はサッカーへ移行するだろうが、もう少し時間がかかるかもしれない」


a0070692_21255599.jpgいやはや、ジーコもジーコ。非常にがっかりした。

私は、ジーコがサラリーマン金融「レイク」のコマーシャルに出た頃から、さすがの”神様ジーコ”もお金には弱いんだな、と思っていた。しかし、1980年代後半の住友金属時代から日本サッカー界でプレーして、鹿島アントラーズになっても立派にプレーし、日本のJリーグ初期を支えた外国人一流プレーヤーとして非常に関心を持って来た。そして、鹿島アントラーズを強豪チームに育てた功績は計り知れず、その1点を持ってしても日本代表監督になるだけの素質と資格を持つと考えて来た。きっと人間的にも素晴らしい人物なのだろうと想像して来た。

しかし、今回のこの記事にあるジーコは、それとは別の側面を見せたようだ。

いくらなんでも、まだ大会中に日韓のサッカーを分析して、こんな意見を言っていたというようでは、実際の勝負に勝てるはずがない。私が「日本代表が”負けた”わけ:フットサル化?」に

”結局、私の個人的観点から言えば、今回日本代表がふがいなく負けた理由は、”戦術のせいで負けた”のでもなく、”1対1で負けた”のでもない、”肉体的身体能力で負けた”のでもない、”決定力不足で負けた”のでもない。要するに、中田英寿だけが「今の日本代表は1次リーグ突破できる力がない」と気付いていたように、すでに”試合以前に負けていた”のである。戦術うんぬん、メンバーうんぬん、する以前の問題、つまり”心掛けの問題”で負けたのである。私に言わせれば、この点では、ジーコはヒディンクに負けたのである。ジーコもさじを投げていたのに、日本人にはそれがないかのように演出していた。これはジーコの犯罪である。”

と書いていたように、本当に”ジーコは、さじを投げていた”のである。まあ、あまりやる気がなかったのである。あるいは、初戦に負けてやる気が失せたのかも知れない。

確かにジーコの言ったことや分析したことは正しい。がしかし、それは何を今さらという話で、今になって初めて分かったことではない。最初にジーコが日本にやって来た20年ほど前から分かっていたことである。ジーコは、その頃からずっと同じ事を言っていたからである。だから、ジーコはそういったことを承知の上で日本代表監督を受諾したのだろうと私は思っていた。

では、なぜ1次リーグ敗戦したばかりの時期にこんなコメントをジーコが送ったのか?

私の考えでは、ジーコの”監督売り込み作戦”の一貫だろうと思う。ジーコは日本代表監督の後、ヨーロッパのクラブチームの監督になりたいと言っている。したがって、私はアジアのサッカー、世界のサッカーに詳しいという印象をヨーロッパの記者に示す必要がある。そこで、こんな”とろい”コメントを言ったのだろう。

ここが、私がジーコの”ビジネスマン”的なところで、私がちょっと理解できないところなのである。今回”監督交代劇”のありそうなこの時期に何の前触れもなくわざわざ日本にやってきた、サッカー監督ビジネスマンのトルシエと実に似ている。

しばらく前に「ワールドカップ代表監督ってどんな人たち? 」で私は

”ところで、この記事では、「ジーコは監督経験がない」と言われているが、実は1998年のフランス大会の時の名将ザガロ監督の横で監督補佐を行っていたのが神様ジーコであった。この時はブラジルは連破ならず準優勝となった。ただブラジル人の間では、「ジーコは監督経験がない」というよりは「ジーコにはツキがない」と見なされているらしい。「優勝に縁がない」と。神様に良い事がないというのは不可思議な話だが、ジーコにはどこかに人の良さというものがあって、勝負師になれない、非情にはなれない、というところがあるのかも知れない。この点では、ジーコよりは小泉純一郎首相の方が”非情”の勝負師魂があると言えるだろう。というのも先祖(祖父)は「入れ墨大臣」の異名を取った仁侠道出身者だったわけだから。とにかく、ジーコ監督には頑張ってこの点を払拭してもらいたいものだ。”

と書いていたが、これが全く正しかったようだ。

「ジーコにはツキがない」

この最初の記事で、この理由が分かった気がするのだ。つまり、ジーコは苦しくなるとさじを投げる。こういう気質がある。ここが、優勝経験のあるドゥンガ、ロナウド、ロナウジーニョ、あるいはフェリペ・スコラリ監督、パレイラ監督などとは異なる。

かつて、ジーコが鹿島アントラーズでプレーし、読売ヴェルディと優勝決定戦をしていた時、審判がことごとく敵ヴェルディの味方をした。そして、ペナルティーエリア内のオブストラクションに対して痛恨の”疑惑のPK”が起こった時、ジーコはつばを吐いた。審判への侮辱として退場になった。そして試合も負け、優勝はならなかった。こういう有名な出来事があった。

私はこれに対して、ジーコは審判の不公正なジャッジに対する”ジーコの怒り”で当然と今日までは受け止めて来た。確かにジーコの行動は責められない。そうしてジャッジに対する無言の抗議を行うこともあり得るからだ(ジーコジャパンより一足先に日本人主審がデビュー! 参照)。

しかし、また別の視点から見れば、ジーコはまたそうやって”優勝を逃した”のでもある。優勝をもう少しで手に入れることができたもう一歩のところで、”唾を吐いて優勝を諦めた”と見る事もできるのである。つまり、いつもジーコは、自分が負けそうになると、その現場から逃げる。自分のふがいなさや能力不足を自分自身で受け止めず、それらを誰かのせいや何かのせいにして自分は良い子で済ませたい。そう思って逃げる。そういうタイプの人物だと見ることもできる。今日のこの記事のコメントで、私はジーコのそういう別の一面に気付く事が出来たということなのだ。

これが、ブラジル人の間で「ジーコにはツキがない」と言われる意味なのだろうと私は今日初めて理解したのである。

そして、ジーコは、このワールドカップ・ドイツ大会の日本代表監督という立場にあっても、その敗戦の理由をすべての責任が自分にあると受け止めるのではなく、敗戦の理由を”日本サッカーの未成熟”のせいだと、再び他人のせいにしたのである。私はそう思う。

この意味では、ジーコは日本サッカーを「プロ意識、持続力、勝ち抜く精神力に欠けている。何よりも、まだ成熟していない。4年前はそういった不足をホームの利点でカバーした」と分析したのだが、実は、この内容の意味はすべてジーコ自身に向けられるべきことであったのである。つまり、神様ジーコは、サッカー選手としては神様のようではあったが、監督として人間としては、それほどでもなかった。”ごく普通の人であった”、ということである。

それゆえ、ジーコ自身が、

「プロ意識、持続力、勝ち抜く精神力に欠けている。何よりも、まだ成熟していない。4年前はそういった不足をホームの利点でカバーしたが、自分にはそれができなかった」

ということなのである。日本には、

”敗軍の将、何も語らず!”

という格言があるが、日本人の加茂監督はこれに従った。がしかし、ブラジル人のジーコは自分をひいきしてくれた日本サッカーのせい、選手のせいにしたのである。これでは、日本代表監督の給料は20億円とも言われるらしいが、金のために監督をしたと言われてもしかたあるまい。

結局、この記事には「ジーコ監督「(日本サッカーは)まだ未成熟」」とあるが、実際には、

「ジーコ監督は(人間としても監督としても)”まだ未成熟”」

だったということだ。

いやー、実に残念だった。20億円は高くついたと見るべきだろう。今度の監督は、あらゆる面で成熟した”大人”の監督を選択すべきだろう。
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by Kazumoto_Iguchi | 2006-06-25 21:27 | WC2006
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