決勝T第1回戦第4試合:ポルトガル-オランダ戦争!

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【決勝トーナメント1回戦第4試合】
【D1位ポルトガル-C2位オランダ戦1-0】
史上最多4人退場 オランダ監督「主審が試合台無しに」
ポルトガル、終盤DFに5人並べ逃げ切る
試合結果

今や”サッカー後進国”のロシア、ロシアの主審がこの試合を台無しにした、とは、オランダのファン・バステン監督の談。

合計16枚のイエローカード。4つのレッドカード。負傷退場者も多く、クリスチャン・ロナウドも負傷退場した。これぞ”ワールドカップサッカー”、”死闘”というのか、まさに”戦闘”風景さながらであった。


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日本人の我々には、ポルトガルとオランダの国民性の違いや文化や歴史の違いはあまり分からない。しかし、この試合を見る限り、ポルトガルとオランダはサッカーを超えて何か仲が悪いのではないか、という気にすら思えてくる。それほどまでに”激しい”試合であった。

1次リーグ予選で私は「グループC:アルゼンチンのメッシ初登場!」でこう書いていた。

『また”オランダ人特有の行動”もあった。南アフリカ共和国が、長らく人種隔離政策を行ってきたが、この国の白人はほとんどがオランダ出身である。このオランダ人が、原住民である黒人に対して白人優位で非常に”高圧的”かつ”傲慢”な態度を取ってきたことは有名である。実は、こういった国民性がオランダのサッカーにも出るのである。

それは、相手に対して”高圧的に罵る”ということである。熱くなりカッカするとオランダ人は相手に食ってかかる、という特徴がある。そして逆に相手が切れて報復すると大袈裟に倒れて相手を退場に持ち込む。こういう手段を伝統的に良く使う。アメリカ大会の時のオランダ一アルゼンチン戦で、オランダの背の高いゴールキーパーがエースのオルテガに頭の上からしつこく罵ってオルテガが怒って頭突きをし一発退場となったことがある。この時と同じように相手に食ってかかり、口で罵るというのをオランダ人は実に良くやるのである。この試合でもこれをやっていた。

この”カッカする”という気性がなければ、オランダはもっと早い時期にワールドカップ優勝したのではなかろうか。どうもカッカしてみすみすチャンスを失うという傾向がオランダにはあるように見える。』

この試合は、まさに”私の分析が正しい”ことを証明してくれたようなものだ。


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1400年代の大航海時代に、一番最初に7つの海を超えて世界に出て行ったのは、ポルトガル人であった。ポルトガル人はアフリカやアラブに近いせいか、比較的人種的に寛容なところがあり、世界中のどこへ行っても現地人の女性が好きだった。だから、そこら中で交配して子孫を残した。

一番有名なのがブラジルである。ブラジル人は、ポルトガル人と奴隷制度で拉致されたアフリカの黒人、そしてもともと南米にいたモンゴル系のインディオとの混血である。だから、ブラジルの母国語はポルトガル語であり、ブラジル人の顔つき、体つきも比較的小柄な西洋人のポルトガル人に似ている。アメリカのハワイも一番最初に来たのはポルトガル人だったという。日本へもそうで種子島にやって来た。

その次に世界に渡ったのが、”無敵艦隊”のスペイン人であった。無敵艦隊とは、まだ蒸気機関がイギリスで発明される前の帆船技術の粋を尽した艦隊のことで、世界最強であった。スペインは、メキシコ、アルゼンチンなどなど、ポルトガルが食い残した場所をどんどん植民地化した。北米アメリカももともとはスペインの領土であった。

このスペインは、7つの海を支配し、世界中を支配しただけでなく、ヨーロッパ全土も支配統治していたのである。これがスペイン帝国であった。

このスペイン大帝国にヨーロッパでしぶとくゲリラ戦法で植民地化に抵抗して来たのが、オレンジ公のオランダであった。

このオランダと同盟したのが、イギリスであった。英蘭は、”海賊組合(ユニオン・ジャック)”を作り、ポルトガルやスペイン艦隊をことごとく海賊戦法で乗っ取っていった。そこにイギリスで蒸気機関が発明され、船にも応用されるようになり、帆船からなる”スペインの無敵艦隊”時代から”イギリスの黒船”時代へと制海圏は移っていった。そして、ついに”スペイン継承戦争”(本当の意味の、第一次世界大戦)が起こり、スペインはこれに敗北。英米の”黒船時代”に移る。

7つの海を蒸気機関の黒船で支配したオランダとイギリスは、スペイン帝国のもっていた植民地をどんどん根こそぎして行った。そして北米はイギリスのものとなった。

しかし、どういうわけか、北欧のバイキング、俗に言う、アングロサクソン、あるいは金髪碧眼のアーリア系人種は、現地人との交配を嫌う性質があり、ほとんど現地人の女性たちとは交わらなかったようだ。

一般に色の白い人は、背が高くて、人見知りが激しく、内気で神経質でアレルギーになりやすく、免疫系が弱い。一方、色黒の人は小柄で人懐っこく、好奇心があり、開放的で免疫系が強い、ということが科学的に知られている。このことが原因したのかどうかは分からないが、北欧の白人は植民地支配しても現地人と交わらず、いわゆる”白人至上主義”を生んだ。

この意味では、南アメリカに進出したオランダ人、北米に進出したイギリス人、オーストラリアやニュージーランドに進出したイギリス人などみな、もともとは人種差別の国、”白人至上主義”の国である。

ワールドカップサッカーを見ると、西洋のこの植民地支配の歴史と重なって何か実に面白いと私はいつも思う。

中南米は、スペインやポルトガルの移住者や子孫の国。北米やオーストラリアは、イギリスやオランダなどのヨーロッパの白人の移住者や子孫の国。アフリカは、フランス人の移住者や子孫の国。こうした国々がサッカーというスポーツを通じて戦う。したがって、その昔の”怨念”や”復讐心”は芽生えるのだ。

ポルトガルやスペインを目の敵にした北欧の人々。オランダのオレンジ公ウィリアムは、スペイン・ポルトガルなどラテン系をひどく嫌った。

こんな西洋史の宿敵どうし、”仇同士の戦い”なのだから、それはもう激しくなるのはしかたない。”先祖の恨み末代まで”というのは、今も現実に存在する。

こういったことを考えさせる試合であった。まさしく”スペイン継承戦争”を思わせる”死闘”であった。正直、死人が出なくて良かった。良かった。


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ところで、サッカーの試合そのものは、”ワールドカップ優勝請負人”のフェリペ・スコラリ監督の”注文通り”の試合運びとなった。この意味で、フェリペ・スコラリ監督は、実に賢いようだ。この試合の真の英雄は、オランダのスピードランナーのロッペンを封じ込めた黒人選手のミゲルだろう。俊足ロッペンに全く負けなかった。1試合ごとにポジション配備や選手起用を変えるのがフェリペ・スコラリ監督の作戦であり、知将ぶりを示している。これが監督経験というもので、ジーコにはない才能であった。ジーコもフェリペ・スコラリ監督に弟子入りして勉強しない限り、どこで監督をしてもまた失敗するだろう。
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by Kazumoto_Iguchi | 2006-06-26 13:44 | WC2006
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