”中田英寿よ、人生を語れ!”

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今夜「号外」が出た。

そう、ワールドカップサッカーの”英雄”中田英寿選手が”現役引退声明”を発表したからである。

日本がブラジルと戦って負けた日、私は以下のエッセイを書いていた。
グループF:中田が泣いた日。中田ご苦労様!

この中で私は次のように書いていた。

『試合終了。ピッチに倒れた中田。中田英寿が”泣いた”。

中田はこれまで年代別のすべての国際大会に代表として出場した日本人唯一なのである。U15、U17、U20、U23 (アトランタ・オリンピック)、ワールドカップ・フランス大会(1998)、ワールドカップ・日韓大会(2002)。

これらすべての試合をこれまで私は観察してきたが、どんな敗戦をしても”中田は泣かなかった”。”笑顔の中田”、これが中田の中田らしい”新人類”的なところであった。

そして今回のワールドカップ・ドイツ大会。ついにその中田が”泣いた”のである。私には”その時の中田の気持ち”が実に良く分かる。』

『かつて私が自伝の一部「2章 小中高時代:私がスポーツから学んだ事 」でこう書いていた。

”一一一 試合後、なぜか知らないが止めどもなく涙が溢れてきて、たぶん30分ほど第2試合の横で泣いていた。何度も止めようと思ったが、止まらなかった。 そこにどこからともなく藤井君が来てなぐさめてくれた。たぶん、これでサッカーは終わりだなと思ったからだろう。この時程純粋に涙を流したことは一度もなかった。”

こういった時の”涙”とは負けたことが悔しくて出てくるのではない。確かに悔しい。しかし、自然となぜか溢れ出てくるものなのだ。止めどなく溢れ出る涙。』

『これは、私がかつてそうであったように、”もうサッカー人生は終わりだな”と心の奥底で見極めたことから来る涙だと私は理解している。そう、中田選手は自身最後のワールドカップの”人生をかけた戦い”が終わったのである。だからこそ、涙が溢れ出る。甲子園球場で高校野球選手たちが見せる涙と同じ類いの涙である。』

『中田英寿、心からご苦労様。ありがとう中田!』

だから、中田選手が今日引退宣言を出したからと言って私は少しも驚かない。むしろ、”ああ、やっぱりな”というのが私の受けた印象である。”私が直感していたことが事実であった。正しかったんだな”ということを証明しただけのことだからだ。私が自分の過去の出来事で起こったことと全く同じ事が中田英寿選手の中で起きたに過ぎないからである。

私も当時の山梨の高校サッカーではベストイレブンに選ばれた選手であった。だから、それなりの自負心や自信もあった。そしてそれなりの成果や歴史も母校に残した。それが、自分で”これが最後の試合”と信じる試合に負け、”もはやこれまで”と自分の子供の頃から日々努力して来たサッカー人生に区切りを付けなくてはならないと自分で認めねばならなかった時、私は”なぜか分からないが、どどっと涙が湧き出て止まらなくなった”のである。この状況を私の自伝に書いたのである。だからこそ、この状況や中田選手の”気持ち”は私には非常に良く分かるのである。

中田選手はもちろん私よりはるかに上のレベルの選手となった。日本代表、そしてアジアのベストイレブン、ワールドカップ2006の敗退組のベストイレブン。そして10年の間の日本サッカーの歴史を作った。しかし、それが、ブラジル戦を最後の試合と考えて力を振り絞っても負けた時、この状況は私がかつて経験したものと同じである。それゆえ、中田英寿は大泣きしたのである。涙が抑えようにもどうにも止まらないのだ。

では、これから先、中田選手にはどんなことが起こるのだろうか。これについても私は実に良く分かるのだ。

実は、私は自分では”引退した”と思っていたが、その後再び”現役”に戻ったのである。これについては私はかつて自伝にこう書いていた。

”この年の夏、高校総体予選が始まった。我々3年生はもうすでに引退していた。しかし、予選の段階から、何人か手助けしてくれということで、私(センターハーフ)と塩野君(右サイドバック)と志村君(センターフォワード)の3人だけが参加した。ところが、このチームも意外に強かった。どんどん勝ち上がり、とうとう準決勝まで勝ち上がった。そこで再び横森監督率いる塚田君の韮崎と当った。この時はじめて芝生の甲府グランドで戦った。 私は水を得た魚。本当に人生で最高のプレーができた。私の持つ ボールはだれ一人奪うことができなかった。一進一退が続き、 後半とうとう守りのミスで点を奪われ、0-1で負けた。この時は、涙は全く流れなかった。すがすがしい気持だった。俺が作ったチームがここまで来たんだという感じだった。”

私は2年生の新人戦を最後に実質的には引退したのだが、3年生になった後、後輩達やサッカー部の監督の希望もあって再びサッカーを続けたのである。そして、3年生の夏のインターハイでも1、2年生との混成チームで素晴らしい結果を残したのである。最後にはまた負けたのだが、この時は2度と泣く事はなく、涙はでなかった。それどころか、人生でこれまでに味わったことのない”すがすがしい気持ち”になったのである。

この経験から、私は今のフランス代表のジダンの気持ちが手に取るように分かるのだ。

ジダンは前回日韓大会の後、代表を”涙の引退”した。そして、ドイツ大会の予選前には現役引退もした。しかし、フランスが予選敗退しそうなので、フランスが国をあげて”ジダン現役復帰”を求め、ついにジダンは代表に戻って来た。そして、予選を突破し今回のドイツ大会に来たのである。

今大会のジダンは勝負を離れて実に”楽しそうだ”。笑顔のジダンを私は初めて見た。

この理由こそ、私が自身で体験したように、一度涙の引退して、それから吹っ切れた状態で再度現役生活に戻ったために、試合が楽しくてしかたないのである。だから、このドイツ大会で例えジダンのフランスが負けたとしても、”ジダンは笑顔で去る”はずである。”涙のジダンとはならない”はずである。私はそう思う。

私のこうした個人的経験から、私は中田選手が一度は引退したとしても、何年か後、もし日本代表がふがいない状況というものが生まれ、中田選手の現役復帰の熱望が生まれるのなら、再び中田英寿の現役復帰はあり得ると私は思うのだ。そして、その時の中田英寿選手は、今のジダンのように、本当に楽しそうにプレーするはずである。かつて私がそうであったように。

さて、中田選手は、今後”自分を見つめる旅に出たい”ということのようだ。私は個人的意見として、「中田選手にこれまでの人生を語ってほしい」と思っている。特に、「自分が子供の頃から高校生、そして成人しプロ選手として活躍するまでの自分のサッカー人生を語って欲しい」。というのは、これこそ、今の”中田英寿の使命”であると思うからだ。

今の子供たち、特にサッカー少年や少女たちは、中田の私生活や子供の頃の生活をまったく知らない。それは、中田英寿がマスコミ嫌いだったからである。もちろん、私も日本のマスコミは大嫌いだ。しかし、イチロー選手が自分の子供時代のことを語ったり、ロナウジーニョが子供の頃を語ったように、中田にも自分の子供の頃の家庭環境から両親や兄弟にいたるまでのすべてを子供達のために紹介して欲しい。これが私の個人的希望なのだ。

子供達は、どうしたら自分も中田選手のようになれるのか、いつも興味深く思っている。こういう子供達にそろそろ中田選手は答えるべきである。引退はこれにはちょうど良いと私は思う。

それゆえ、私は中田英寿にこう言いたい。

”中田英寿よ、人生を語れ!”
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by Kazumoto_Iguchi | 2006-07-03 23:32 | WC2006
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