中田英寿vs宮本恒靖

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昨夜、”Jリーグ・オールスター”とその後”中田英寿引退特別番組:悔しくて、悔しくて涙が止まらなかった”という番組があった。私はうっかりしていて”Jリーグ・オールスター”を見逃したが、その後の”中田英寿引退特別番組”を見た。これは実に面白くかつ良い番組だった。

今回のワールドカップ・ドイツ大会においては日本代表内の”中田英寿と宮本恒靖とのバトル”の話が少なからず新聞に出ていたが、この番組の中で今回この問題がこの番組の焦点になっていた。私はこの番組を見て今回の日本代表の何が悪かったかすべて理解できた。”宮本がガンだった”、”今の”宮本を代表にする限り日本は勝てない、ということである。

そして、私がこの番組で中田が語った日本代表の問題点を理解した後、”Jリーグ・オールスター”の試合結果を見ると、まさに中田が指摘したその問題が宮本がいる西日本に出て、4一1でふがいなく負けていた。宮本の西日本が、日本代表がブラジル戦で負けたのとまったく同じことをして負けたのである。(ついでに付け加えると、中田が言っていたことをして、ディフェンスが前でカットし前線まで上がっていった中沢がチャンスを作りMVPに選ばれた。)このことからも”中田英寿の戦術観”が正しかった、ということが分かった。

今回は、この非常に興味深い話題を紹介しておこう。

結論から言うと、ジーコは中田ではなく「宮本を主将に選んだ」が、これが”ジーコの最大の誤りであった”ということになる。この選択によって、トルシエ・チルドレンで”国内組”の宮本の「間違った戦術観」と”海外組”の中田の「正しい戦術観」の対立を生み、チームが完全に混乱し、どっちつかずの状況で力を発揮できずに負けた、ということなのである。”チームに2人の主将はいらない”。

さらに、私は、宮本が個人的に中田に何か非常に”複雑な”心理的な問題(コンプレックス)を持っているように感じた。要するに、一言で言えば、「日本代表は敵と戦う前に内部で宮本が中田と戦っていた」わけだ。そして、これに対してもジーコは何もしなかった。これでは勝てない。これが私の得た結論である。

しかし、日本代表の中で中田だけは一貫していた。主張も行動もすべてが一貫していた。この意味で、中田は実に立派であったと言えるだろう。”ありがとう、中田”。

さて、その問題に移ろう。

私は今大会前の日本代表の練習風景に対して、これまで”中田英寿に他の選手達が自分の意見を言わない”ということを問題視してきていた。だから、今大会では宮本や中沢たちが自身の意見を中田にぶつけるというのは、チームとしては”大きな成長”であると見た。それゆえ、「成長した日本代表サッカーチーム」の中で新聞紙上にあるこんなやり取りを”素晴らしいこと”として取り上げた。

”それが、今回のドイツ大会では、トルシエ・チルドレンも名実共に日本のトップレベルの選手へと変貌を遂げ、海外経験者も増えた。みなぎる自信に溢れる。中田も年長者の1人となり、かつては縦横無尽に走りまわれたが、今では後方から適時のバックアップに代わりつつある。若い世代もすべてを中田だけに任せるわけには行かない。

そんな中での1こまが最初の練習試合であったと私は見ている。

中田は「連係作りは話をしていくしかない」という。一方、宮本や中沢などのDF陣は合宿中、「何でも1人でやろうとしすぎるな」と中田にいう。

守備練習での一こま。

宮本「ヒデさん、前に出過ぎるな」
中沢「ヒデさん、DFラインに吸収されるな」
中田「具体的に指示を出してくれ」

こんなやり取りが出て来たという。実に良い光景である。”

こういった選手間の”コミュニケーション”が計られるというのはチームとしては必須のことだからである。

ところが、昨夜の”中田英寿引退特別番組”での中田英寿と宮本のインタビューを見ると、どうやらこれは、当時のマスコミが報じたものよりもっともっと本質的な問題であったようである。

中田の戦術観ではこう見る。

「リスクを減らすために、より良いディフェンスするためにディフェンスラインをもっと前にあげろ。」
「なぜなら、失点を押さえるために守備ラインをあげる必要があるからだ。」
「高さが恐かったらディフェンスが前であれば、ヘディングされてもゴールに届かない。」
「守備ラインが前なら敵がゴールから離れるためにヘディングでもシュートでも失点の危機が減る。」

「日本代表が良い結果を出している時はディフェンスラインを上げている時だ。」
「しかし、日本代表は不安定。良い試合をする時と悪い試合をする時の差があり過ぎる。」

「ディフェンダーは、相手の前でカットしろ。間合いをつめろ。」

これに対して宮本はこう見る。

「ディフェンスラインの上げ下げは試合展開による。」
「前に行ける時は行くが、行けない時もある。」
「大事なことは、守備ラインが上がれば良いという事ではなく全体がコンパクトであるということ。」

果たしてどちらが正しいのか。

これは結果を見れば明らか。中田英寿の”戦術観”が正しい。これが”サッカーの常識”である。ディフェンスラインは基本的には高いほど良く、下がれば下がる程失点の危機は高まるからだ。

番組の最後の方で、ブラジル戦を中田が評してこう言った。

”隠されていた問題”、”全部膿が出た試合”

この意味は、私が番組を見た印象では、こういうことだ。

”隠されていた問題”とは、間違った守備戦術に固執し日本のディフェンスを不安定にしている宮本問題。

”全部膿が出た試合”とは、守備に根本的問題があるにもかかわらずそれを隠して来たがついに現れてしまったという試合。

では、宮本はどうして自分の”哲学”(私に言わせれば、”間違った”哲学)を身に付けたのだろうか。

これは、私の記憶ではこうである。

宮本は、トルシエの世界ユース準優勝の立て役者の1人だった。そして日韓大会の時までにトルシエ・ジャパンで育った。中でもトルシエの”フラット・スリー”の最大の理解者となった。”フラット・スリー”とは、3一5一2のシステムで守備ラインの3人がいつも一線上に並んでディフェンスをするという守備戦術である。

ところが、ナイジェリアの世界ユースではこの守備ラインを”フラット・スリー”で高く取ってうまく行ったのだが、日韓大会では、時々トルシエ戦術のほころびが出た。そんな時宮本は自らディフェンスラインを下げて乗り切った。そして、見事予選突破し、ベスト16に進んだ。

私が思うに、どうやら宮本はこの時の自分の戦術を正しいことだと”錯覚”したようだ。そして、徐々に宮本が日本代表と育ち、国内組の主将となっていくにつれ、宮本自身の守備戦術を基本に取るようになった。そして、トルシエの”フラット・スリー”とも、中田英寿の高く取る守備ラインとも違った”独自の”守備哲学を持つようになった。しかし、これが間違っていた、ということなのだ。

要するに、ジーコジャパンは、国内組の宮本を主将に取る事で、間違った守備哲学に従い、その間違いが原因となって自滅した、ということとなる。中田英寿はこの4年間最初から最後までその問題に警鐘を鳴らし続けたが、チームもジーコも最後までそれに気付かなかった、ということである。

日本が世界レベルに届くためには、即刻宮本を代表からはずす他ないだろう。昨夜の”Jリーグ・オールスター”の宮本の西日本のディフェンスがそれを見事に証明した。宮本の”臆病な守備”、”何か考え違いした守備”では世界どころか、国内でも通用しない。

しかし、どうして宮本はこんな選手になってしまったのだろうか。

恐らく、日本のマスコミがちやほやしてタレントのような気分に浸ってしまったのだろう。中田英寿が”引退”して一番安堵しているのは、実はこの宮本なのではないか、と私は見る。本当は宮本が引退すべきだった。

私は長らく、ジーコジャパンの問題は、MFの小野を取るか、中田を取るかの問題と考えていたが、どうやらそれは間違いだった。というよりは、もっと深刻な問題があった。実際には、ディフェンスに関して中田戦術を取るか、宮本戦術を取るかの問題で揉めていたのである。

宮本は中田英寿と同じ年齢で、U17時代からずっと中田といっしょにサッカー生活送って来た。ところが中田は常に宮本より一歩先に代表となり、一歩先に海外組になった。宮本にとっての中田はライバルであると同時に憧れでもあり、宮本には大きな目標となったのだろう。そして、今度のドイツ大会で自分が主将の座を射止め、ついに中田に並んだ(あるいは、中田を超えた)と思ったのではないか。だからこそ、ことごとく、中田の言う事に反発し邪魔をした。それが仮に正しい事であったなら宮本が正しいということになったが、どうやら宮本が間違っていたために、日本代表を窮地に陥れたのである。

男の嫉妬ほど見苦しいものはない、というが、どうやら宮本は中田に嫉妬し、ことごとく中田の足を引っ張っていたようだ。この宮本の”罪”は重い。個人の問題と代表の問題を全く混同したからだ。今後これは非常に大きな問題となるかも知れない。

参考:
ウォーミングアップを見よう!
もう二度と日本へ来るな、ジーコ!
ジーコ監督は、「まだ未成熟」!
日本代表が”負けた”わけ:フットサル化?
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by Kazumoto_Iguchi | 2006-07-16 15:10 | WC2006
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