”オシムの言葉”

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昨日、図書館から”オシムの言葉”を借りて、昨日今日と読んだが、サッカーに関する内容はだいたい私が想像していたようなものであった。

サッカーに関して言えば、オシム監督の指導方法は特に目新しくはない。

戦後日本では、クラマー(西ドイツ)さん以来のヨーロッパサッカーの伝統をつちかった”走るパスワークサッカー”から始まった。それに、オフトの”ゾーンプレス”、トルシエの”フラットスリー”、ジーコの”ブラジルサッカー”と来たわけだ。

しかし、トルシエまではヨーロッパスタイルだったが、ジーコで”弱いブラジルサッカー”を学んでしまったのが今回のドイツ大会における日本サッカーの失敗の原因と言える。

ブラジル、あるいはアルゼンチンも、南米のテクニック重視の個人技サッカーから組織プレー重視のサッカーへと”ヨーロッパ化”して初めてワールドカップで優勝した。だから、同じブラジルサッカーでも、ドゥンガ(最近ブラジル代表監督に就任したばかり)やアルゼンチンのアルディレスのサッカーは極めてヨーロッパ的だ。それゆえ、世界制覇できたのである。しかし、優勝経験のないジーコにはそれが分からなかった。

この意味では、最初ヨーロッパスタイルから始まった日本サッカーが、ヨーロッパスタイルに回帰するのは、ある意味当然だろう。

本として見た場合には、特に素晴らしいのは、旧ユーゴスラビアのサッカーシーンの”崩壊”と、ユーゴ戦争の状況について非常に詳しく書かれていたことだ。サッカーはともかく、この点に一番の興味を私は引かれた。

この本では、特に書かれていなかったが(あまりに分かり切っていたためかも知れないが)、オシム監督が旧ユーゴスラビア代表監督として1990年イタリア大会でユーゴスラビア代表を率いた時、若干19歳の若き天才ストイコビッチと同じ年齢層にシューケルたちがいた。このシューケルたちが、後にクロアチア代表として1998年フランス大会に乗り込んで来て、いきなり”初出場3位”という快挙を成し遂げたわけだが、この快挙の背後にいた指導者こそこのオシム監督であった、ということだ。

私は、これまでなぜ突然クロアチアがいきなり3位に入れたのかよく分からなかったが、その理由をこの本から読み取る事が出来た。これが一番の収穫であった。

もちろん、同時に、今度のドイツ大会のセルビア・モンテネグロの代表、他にスロバキア、マケドニア、ボスニア・ヘルツェゴビナなどの代表もそのほとんどがオシム監督の指導下にあったということである。また、近年ギリシャも強豪国になったが、それもこのオシム監督が一時期ギリシャのチームの監督をしたことに端を発していると考えられる。

この意味からも、オシム監督の監督としての”才能”は申し分ない。オシム監督は今の日本代表監督としてはベストの監督である。これは間違いなく真実である。

また、いつも西洋や南米のサッカー選手達が言う「日本人特有のメンタリティー」の消えない日本人にとって、オシム監督のような”練れた人物”は非常に良い教訓(あるいは教材)となるだろう。

特に、若い世代、オシム監督と接する事のできた若者たち、(つまり、サッカー選手や通訳や関係者)にとってもっとも良い教材となっている。ここが大事だ。

中でも、本にあるように、通訳の間瀬秀一氏は将来の大物監督になる可能性がある。自身、今一番なりたいものは監督であるという。オシム監督と出会うそれまでは、通訳だった。練習法、心理的技術、心構えなどあらゆる面で、間瀬氏は学んでいる。

同様に、今ジェフで指導を受けて来た選手達の中からも将来の大物監督に育って行くものが出るだろう。この意味では、10年後、20年後に今の”オシムの言葉”が成果を出すと言えるだろう。

これは、かつてクラマーコーチが行ったことが、何十年も経ってから成果を出した(つまり、日本サッカーのプロ化)ように、今のオシム監督の行っていることが、10年、20年、30年と先に行って花開く、という意味である。

この意味でも、オシム監督は、例え次の南アフリカ大会で良い成績を残せなかったとしても、今の日本サッカーにとってはやはり最適な人物と言えるだろう。

しかし、世界には、フェリペ、ジャケ、ベンゲル、オシム、リッピ(そして、ドゥンガ)というような名将が生まれているが、日本にはどうしてこういった大物が育たないのだろうか。まあ、もっともそれは、サッカーだけに限られるわけではなく、学者世界(や役者世界)でもそうだ。やはり、日本のどの分野でも、”ちまちました”人物、”練れていない”人物しか育っていない。

かつて勝海舟は、”大きな人物は大きな国にこそ育つ”というような意味のことを言っていたが、”小さな人物しか育たない”ということは、日本という国が”小国”であるという意味だろう。島国ということかも知れない。

そこは、欧州、アフリカ、アジアの3大陸が交わり、古代からもっとも紛争がある地域であった、バルカン半島とは違う。オシムの故郷とは違うということだ。バルカン地帯は小さな国々に分裂しているが、その文化圏としての大きさは日本をはるかに凌駕した大国であるということだろう。

”大きな国にしか大きな人物は育たない”

やはり、我々日本人は高望みは禁物だというところだろう。
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by Kazumoto_Iguchi | 2006-07-30 19:28 | Soccer
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